電子講義:量子グラフの理論序説

全卓樹

[電子講義集] [全HP]
[Index][ch0][ch1][ch2][ch3][ch4][ch5][ch6][ch7][ch8]
前へ 次へ

量子グラフ理論序説:量子特異点の物理(1-2)

量子グラフ理論の視野

こうして量子グラフがこれからの「量子デバイス」の一般理論と想定される事情をみてきたが、量子グラフの理論への興味はそれにとどまらない。量子グラフは物理系として非常に簡単な、一見まったく自明な系である。とろこが量子グラフには、その単純な見かけに反して深い物理が潜んでいることが近年の研究で明らかになってきた。

世の中には深遠すぎてすぐには役に立たないものがある一方、すぐに役に立つが自明すぎて真剣な追求に値しないものもある。人生にあっては両方が必要な訳であるが、深遠であってかつすぐに役に立つ、という稀な例もときには存在する。ひょっとすると今の時点での「量子グラフ」は、そういう稀な例なのかもしれない。

閑話休題。いま量子線内での粒子の運動を一次元的な自由量子運動だと理想化すると、複数の量子線が交わる接点ですべての物理が生起することになる。この接点にまさに量子的な魔物が棲んでいたのである。

その魔物の名前は「量子異常」である。古典的には存在していた理論の中の対称性が、対応する量子的な系では消失してしまう現象のことである。これは、古典論では観測量がそのまま運動方程式に登場する物理量であるのに対して、量子論では観測量は「ヒルベルト空間の演算子」であって、物理的状態は「ヒルベルト空間のベクトル」というそのままでは観測されないもので記述されるという量子論の構成そのものに起因する現象である。

量子異常は通常、超高エネルギーの素粒子現象を扱う量子場の理論においてのみ見つかる一種の珍獣のようなものと考えられてきた。ところが量子グラフの理論の不可欠な要素である「節点」の記述に量子異常が登場することがわかったのである!そしてこの量子異常によって、グラフの量子論に「非自明な位相幾何学的構造」が持ち込まれ、それによって興味深い諸現象がもたらされることになるのである。

量子情報の中心にエンタングルメントがあるがごとくに、量子計算の実現デバイスのモデルとしての量子グラフのの物理の中心に量子異常がある。そしてそれがために量子グラフの物理は理論としてそれ自体非自明な興味深いものとしている。ここでではこの間の事情を最小限の式を交えながら明らかにしていきたい。

行先: 研究のページ
copyright 2005
全卓樹ホーム 教育のページ
t.cheon & associates