電子講義:量子グラフの理論序説

全卓樹

[電子講義集] [全HP]
[Index][ch0][ch1][ch2][ch3][ch4][ch5][ch6][ch7][ch8]
前へ 次へ

量子グラフ理論序説:量子特異点の物理(1-1)

量子力学の変貌と量子グラフ

微視的な大きさで自然界に存在する物体は、三次元的な形態で高い対称性をもっているのが通例である。それゆえ量子力学の対象物として従来考えられてきた原子、原子核、素粒子といったものの研究に当たっては三次元回転群の性質の勉強から始めたものだった。大学の授業で習ったクレプシュ、ラカーといった名前を思い返してみるだけでよいだろう。

ところが近年、技術の進展がついに理論においつて、量子論的領域を人間が直接操作することができるようになってきて、この事情に変化が生じてきた。すなわち「量子テクノロジ」の登場である。

量子論の根底にはわれわれの常識の根底と齟齬する奇妙な性質がある。その最も顕著なのが「ベルの不等式の破れ」にみられる局所的因果律の破れである。量子論のこのような側面の研究は、かつては「量子形而上学」とも揶揄されたものであるが、量子情報、量子通信といった近年の花形分野はまさにこの形而上学が、我々の目の前でテクノロジとしての形をとって立ち現れたものといってもよい。

50年後の読者が手にしているかもしれない量子計算機を半導体上で現実化したQuantum Apple社の量子ノートパソコン Powerbook G20 と言ったものを夢想してみよう。おそらくそのなかにある極少数電子制御回路では、微細な一次元的細線が基盤上に張り巡らされ、それら細線の交点には個々の電子の動きを司る量子素子が置かれている;凡そこのような形態が想定できる。

そのような量子計算の涅槃世界に至る道には数多くの問題の累積が予想されるが、個々の問題の具体的な解決以前に、細線と結合部からなる一次元的空間内での量子粒子の運動の一般的な特徴付けにはじまる、一次元運動の量子論自体の整備が行われる必要がある。

従来どちらかといえば1次元系の理論というのは、本来の研究対象の3次元系での技術的取り扱いの困難を克服するための様々な手法の試験場としての意味合いが強かった。1次元の、それも多体系ではない1粒子系がそのものとして研究対象になったのは、信じがたい事だが実は昨今始まったばかりの事なのである。

接点で接続された多数の量子細線からなる半導体量子素子の一般的な基礎理論、それこそが「量子グラフの理論」なのである。

量子グラフの最も簡単なものは、実は我々になじみの深い一次元の点状相互作用である。この最も簡単な極限でさえ通常よく知られている「デルタ相互作用」にとどまらない興味深い変種を読者は見いだすであろう。本論考ではこの「簡単で非自明な」点状相互作用について、特に詳しく見ていく事になるだろう。

行先: 研究のページ
copyright 2005
全卓樹ホーム 教育のページ
t.cheon & associates