電子講義:量子グラフの理論序説

全卓樹

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量子グラフ理論序説:量子特異点の物理(6-1)

スケール異常と点状相互作用1

古典的な状況と比較して、量子的な「特異点の置き方」になぜより多くの「可能な種類」があるのだろうか。

ここで重要なのは特異点左右での量子的な接続条件を考えたときに「何処からとも無く」登場したパラメタ L0 である。式(2.11)や(4.5)をみると、「デルタ相互作用」もしくは「エプシロン相互作用」の強度にパラメタ L0 が登場している。つまりは量子点状相互作用の存在そのものがパラメタ L0 の存在抜きには考えられないのである。ちなみに L0 の値そのものは重要でなく、異なった L0 を想定してもそれ他の U(2) パラメタを変えることで吸収できてしまい、このスケールパラメタ自身は系に新しい自由度を与えるわけではない。大切なのはその値を何に選ぶかではなく、量子的問題に長さのスケールが導入されざるを得ないという事実そのものなのである。

前述したとおり、古典的な問題設定では、一点でのみ作用する相互作用というものは「何も無い」もしくは「反射壁」という自明な特例以外では定義できない。これは「大きさの無い点」という設定自体のために、この系が「スケール不変」であること、つまり問題に「長さのスケール」を持ち込む余地の無いことの直接の帰結である。ところが量子系では、波動関数とその微分の接続条件を考えなければいけないという波としての性質そのものが、一点にのみ作用するはずの相互作用にいわば「長さのスケールの導入を迫る」ことになっているのである。

古典的にはスケール不変な系を量子的に考えるとスケール不変性が失われるこのような現象は「スケール異常」として知られている。これは古典的な系で不変性が量子化によって破られる「量子異常」と呼ばれる現象の一例で、通常は場の理論を量子化する際にのみ見いだされると考えられてきた。通常の場の理論では場の相互作用は「局所型」で、通常これを取り扱うに際して必要となる「繰り込み」の操作が量子異常が発生する直接の原因と考えられてきた。我々の「点状相互作用の量子力学」でのスケール異常の発生の過程を見ると、どうやらこれは「場の理論のもつ無限の自由度」とも「繰り込み操作」とも直接の関連は薄く、「相互作用が接触型である」という点こそがスケール異常発生の原因であるように思われるのである。

スケールパラメタの発生が点状相互作用の存在に決定的役割を果たしている様は、分離型の点状相互作用(4.3)を考えてみるといっそうよく判る。この場合、相互作用角変数 (θ+, θ-) は長さのスケールL0 と組み合わせられて、反射の際に「失われる波の部分」の長さを決めているのである。

量子的な点状相互作用全体を表すパラメタ空間にスピン演算子によって記述される対称性が存在し、空間全体がトーラスと球面の直積という「非自明な」位相幾何的構造で表されるという事実、そしてその帰結については既に見てきた通りである。これらすべてが古典的にはあり得ない一種の量子的魔術の産物だというのは実に奇妙であるが、困難を乗り越えて量子論を学ぶものは満足感を感じさせる事でもある。
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